sabato, settembre 18, 2004

氷山の

子供を平気で、河に投げ込めるような人や
子供が殴られているのを五時間も見て見ぬふりをした大人たちや
それは、表に出た部分に過ぎないような気がします。

私が小学生の頃でも、
自分の意見を臆せず言える様な同級生は
反抗的だと、目をつけられていました。
今は、高校生が反戦署名をすると、政治的な活動を高校生がするのは
好ましくないと、学校から禁止されたりするそうです。
更に、今度は佐世保の小学生による殺人事件を引き合いに出し
メディアは、おとなしくて読書にふけるような子供についても
いつかっとして人を殺すかわからない
という(ものすごく失礼な)レッテルを貼り、監視を厳しくするように
しむけたいように見えます。
これじゃあ、子供はどうすればいいんだろ。
どうすれば、そっとしといてもらえるんだろ?
何も考えず、自分であることを放棄して
ただ流れるままに流されてゆく損をしない人だけが
増えていってしまうように思います。
それで、日本はこんなことになっちゃっているのかなと思います。
私は少しも知らなかったのですが
共謀罪という項が刑法に加えられようとしているそうです。
去年から審議は始まっているそうですが
国民が統制される法律が制定されつつあることを
国民が知らされないのは何故?

有事法制のときしかり。
今日から国民保護法が施行されたそうです。
内容をよくわかっているような人、きっと滅多に居ない。
決める議員さんだって、大方怪しそう。

今の戦争が、いつか終わったとき
アメリカはまた、自由の国だと嘯き始めるのでしょう。
政府に反発する映画もできたし
訴えを起こし、デモする人々もたくさんいたよ、と。
イギリスも、イタリアも、中からの反発はしっかりなされているし
多分、反省がされるでしょう。
でも、日本は、その時北朝鮮化が完成してしまっているような気がします。
何もいえない。何も知れない。
お互いに監視しあい密告を恐れて暮らすような。
そこまで行ってしまったら、
もう一度自由を取り戻すのは
今の北朝鮮を見ればわかるように、
あのくらいのリスクを伴うものになるでしょう。
それに比べれば、今なら、まだ、日本人に保障された権利によって
できることはあるだろうになぁと思ってしまいます。

国民保護法施行に伴い
来年度から住民訓練を開始する方針、
というのを読んでパニックになってて書いたのです
でもねぇ、私もいいかげんノイローゼですが
戦争の訓練だよ?
大丈夫なの?
本当にこのままで。(9月19日)