国と人々
Incontri, solidarietà,
contatti, "nuovi elementi acquisiti" dei quali
"è del tutto impossibile parlare", e che "stiamo valutando" ed un impegno: "Per liberare le due italiane non lasceremo nulla di intentato". Altro non dice, sulle informazioni ricevute, il ministro degli Esteri Franco Frattini, al termine della sua missione diplomatica nel Golfo
協力の要請や会談を終えたフラティニ外相は、
「新しい情報をいくつか得た。
その全てを、今は公には話せない。
Stiamo seguendo tutte le strade possibili,
non lasceremo nulla di intentato, è un nostro dovere
私達は、全ての可能性を試みている。
この試みを、ひとつも諦めるつもりはない。
これは、私達の義務だ。」
とだけ述べ、新しい情報については何も語らなかった。
昨日までのアラブ各国への訪問に引き続き
アラブ首長国連邦のAdu Dhabi氏を訪問。会談。
その後カタールのドーハに向かい
Abdullah bin Khalifa al-Thani首相と
Hammad bin Jassem bin Jabr外相と
Yussuf Karadawi氏を含む、宗教的有力者達を交え会談した後
Al Arabiya、次にAl Jazeeraのカメラの前に立ち
改めて、2人のシモーネの人質の解放を訴えた(え?もう2人は?)。
Al Arabiyaの撮影では、Frattini外相は
日曜日にBaghdadで亡くなったパレスチナ人ジャーナリストに対しての
個人的な追悼の言葉を述べた。
Al Jazeeraにおいて、外相はイタリア政府の軍の駐留持続の意志を
繰り返した。
「再建中のイラクの人々を支援する為である。
各設備と医療機関の再建の為に。」
il ministro ha ribadito l'intenzione dell'Italia di restare in Iraq "per aiutare la popolazione nella ricostruzione del paese, delle infrastrutture e degli ospedali".
ひとつの局面である。
少なくとも「彼らが私達に、撤退を望む」までは
私達の軍隊が撤退をしないイラクの大地にさえ立ち向かって
イタリアがここに駐留し続けるのかどうかの。
「そのような時がきたら私達は幸せである。
それは、イラクが安定するときだから。」
L'Italia, ha ribadito il ministro,
"si trova in Iraq per aiutare gli iracheni.
Dai quali ogni giorno abbiamo parole di ringraziamento.
Per la prima volta sono scesi in piazza
donne e bambini, per chiedere la liberazione
di Simona Pari e Simona Torretta,
due giovani che si stavano occupando dei più deboli.
イタリアは、外相を非難する。
「Simona PariさんとSimona Torrettaさんの解放を訴えて広場に下りた
女性や子供たちをはじめとして
毎日私達に感謝の言葉をなげかける、
このようなイラクの人々を、支援する為の存在として、
イラクの地にあるのは
彼等、一番弱い者達の為に働いていた
この若い2人である。」
I sequestratori devono capire che
quelle ragazze erano lì solo per fare del bene".
「拉致犯行者たちは、彼女達が良い事をする為だけに
そこに居たのだと理解しなければならない。」
この非難を受ける存在からのコメントは無い。
「私達は、イラクからの撤退を決断したスペインの友等を断罪しなかった。
フィリピンの友人達にも。
この自由で民主的な国々の決断を尊重する。」とFrattini外相はしめくくった。
Nessun commento su chi ha ceduto: "Non abbiamo giudicato gli amici spagnoli che hanno deciso di lasciare l'Iraq, non lo faremo neanche con i filippini. Rispettiamo - ha concluso Frattini - la scelta di questi paesi, che sono liberi e democratici".
( Repubblica 4 settembre 2004)
駄翻訳は間違っている可能性が
おーいにあります。
後でもすこし見直そうと思う。
ただ、この記事は
イタリア政府の意志と
イタリア国民の意志の、合っている点と、異なっている点を
並べてみたんだと思う。
この外相どんな政治をしてきた人か知らないけど
国って、せめてこうあってほしいよなぁ。
こういうとき。
”自己責任論”なんか、はじめのかけらしかみてないぞ。
(退避勧告は出していた、と外務省が言っただけ。
それでも、事件前は予兆もなく事件は予測できなかったっ
と、NGO団体が発表したら、それ以後、そういう話なし。今のとこ。
このほかは、一回
ローマでシモーネさんの家の前の虹色の旗が取られて
ひとつ落書きがされたときも、家族達が気が付く間もなく
警察にかたづけられたようだった。
contatti, "nuovi elementi acquisiti" dei quali
"è del tutto impossibile parlare", e che "stiamo valutando" ed un impegno: "Per liberare le due italiane non lasceremo nulla di intentato". Altro non dice, sulle informazioni ricevute, il ministro degli Esteri Franco Frattini, al termine della sua missione diplomatica nel Golfo
協力の要請や会談を終えたフラティニ外相は、
「新しい情報をいくつか得た。
その全てを、今は公には話せない。
Stiamo seguendo tutte le strade possibili,
non lasceremo nulla di intentato, è un nostro dovere
私達は、全ての可能性を試みている。
この試みを、ひとつも諦めるつもりはない。
これは、私達の義務だ。」
とだけ述べ、新しい情報については何も語らなかった。
昨日までのアラブ各国への訪問に引き続き
アラブ首長国連邦のAdu Dhabi氏を訪問。会談。
その後カタールのドーハに向かい
Abdullah bin Khalifa al-Thani首相と
Hammad bin Jassem bin Jabr外相と
Yussuf Karadawi氏を含む、宗教的有力者達を交え会談した後
Al Arabiya、次にAl Jazeeraのカメラの前に立ち
改めて、2人のシモーネの人質の解放を訴えた(え?もう2人は?)。
Al Arabiyaの撮影では、Frattini外相は
日曜日にBaghdadで亡くなったパレスチナ人ジャーナリストに対しての
個人的な追悼の言葉を述べた。
Al Jazeeraにおいて、外相はイタリア政府の軍の駐留持続の意志を
繰り返した。
「再建中のイラクの人々を支援する為である。
各設備と医療機関の再建の為に。」
il ministro ha ribadito l'intenzione dell'Italia di restare in Iraq "per aiutare la popolazione nella ricostruzione del paese, delle infrastrutture e degli ospedali".
ひとつの局面である。
少なくとも「彼らが私達に、撤退を望む」までは
私達の軍隊が撤退をしないイラクの大地にさえ立ち向かって
イタリアがここに駐留し続けるのかどうかの。
「そのような時がきたら私達は幸せである。
それは、イラクが安定するときだから。」
L'Italia, ha ribadito il ministro,
"si trova in Iraq per aiutare gli iracheni.
Dai quali ogni giorno abbiamo parole di ringraziamento.
Per la prima volta sono scesi in piazza
donne e bambini, per chiedere la liberazione
di Simona Pari e Simona Torretta,
due giovani che si stavano occupando dei più deboli.
イタリアは、外相を非難する。
「Simona PariさんとSimona Torrettaさんの解放を訴えて広場に下りた
女性や子供たちをはじめとして
毎日私達に感謝の言葉をなげかける、
このようなイラクの人々を、支援する為の存在として、
イラクの地にあるのは
彼等、一番弱い者達の為に働いていた
この若い2人である。」
I sequestratori devono capire che
quelle ragazze erano lì solo per fare del bene".
「拉致犯行者たちは、彼女達が良い事をする為だけに
そこに居たのだと理解しなければならない。」
この非難を受ける存在からのコメントは無い。
「私達は、イラクからの撤退を決断したスペインの友等を断罪しなかった。
フィリピンの友人達にも。
この自由で民主的な国々の決断を尊重する。」とFrattini外相はしめくくった。
Nessun commento su chi ha ceduto: "Non abbiamo giudicato gli amici spagnoli che hanno deciso di lasciare l'Iraq, non lo faremo neanche con i filippini. Rispettiamo - ha concluso Frattini - la scelta di questi paesi, che sono liberi e democratici".
( Repubblica 4 settembre 2004)
駄翻訳は間違っている可能性が
おーいにあります。
後でもすこし見直そうと思う。
ただ、この記事は
イタリア政府の意志と
イタリア国民の意志の、合っている点と、異なっている点を
並べてみたんだと思う。
この外相どんな政治をしてきた人か知らないけど
国って、せめてこうあってほしいよなぁ。
こういうとき。
”自己責任論”なんか、はじめのかけらしかみてないぞ。
(退避勧告は出していた、と外務省が言っただけ。
それでも、事件前は予兆もなく事件は予測できなかったっ
と、NGO団体が発表したら、それ以後、そういう話なし。今のとこ。
このほかは、一回
ローマでシモーネさんの家の前の虹色の旗が取られて
ひとつ落書きがされたときも、家族達が気が付く間もなく
警察にかたづけられたようだった。