mercoledì, agosto 25, 2004

偏向

米軍の虐待、軍用犬で10代少年も イラクの刑務所(asahi.com)

憲法九条を否定し、
戦争というもの、武力行使というものを認めるという事は
結局、日本人も、こういう事をするようになるという事です。
こういう出来事が、起きても良いと、肯定することです。
そんな考え方がまかりとおる社会は
11歳の殺人加害少女を、どう、更正させることができますか?
11歳の娘を突然に殺された遺族の気持ちに、何が応えられますか?

確かに、報道番組偏ってはいけないかもしれません。
はい。いけないでしょう。
だけど、
九条を否定する事、戦争を肯定する事に関しての
立場をあまりうやむやにしないでほしい。

戦争をする事も可能、とすることは、
戦争をする必要も、場合によってはある、とすることです。
憲法九条を、無くすことは、
いざとなったら戦争ができるように武器の所持を認めるという事は
戦争の必要を認めることです。
”場合によっては15歳の少年に犬をけしかけることも
あって仕方ないと言うことです。
起きてから、反省して、数十年後にまた起こすのなら
反省に何の意味があるのですか?
起こす前に、起きないようにしなくてはいけない。
その為の、憲法九条と憲法前文に明らかに示された戦争放棄なんです。
これを無くす事を認めたら、起こされてはいけない事を
結局は起こしても良いと認めたと同じことになります。

本当にそれは必要ですか?
”国連常任理事国”になるのは、そんなに大事な事?
他人に認められたくて、殺人した、という者があったとして
これは、正しいですか?

フセインの独裁政権は確かに許されるべきものじゃなかった。
だけど、その存在を支えていたのも
アメリカだと思うのは、間違い?
(付 アメリカだけではありませんでした。
どっひゃあ、世界中だぁ 8月27日)


武装して攻撃する反米感情に猛った人々だけがイラク人の全てじゃない。
空爆でぐちゃぐちゃになった街と
荒みきった人々の心を
イラクという国を、なんとか自分達で、復興させようという
イラク人による活動があるそうです。
それを支援しているのが、非武装の日本人です。
すごくないですか?
武力によらない、日本人にしかできない国際貢献、人道復興支援があります。
それは、市民レベルで進んでいます。
この事を伝えないのは、確かに偏っています。

何十年も報道に携わっている人からは、
未熟に見えるものなのかもしれないけれど
若いからできた取材もあると思う。
それは、今使われなきゃ意味がない。
彼等は、自分の経験値を高めて成長する為にばかり
取材するんじゃないと思います。
伝えるべきことがあるから、取材してくるのに
そういうフリージャーナリスト達の取材、
市民の立場からの、戦闘以外の
イラクに住むイラクの戦闘員じゃない人達の表情が
今、流されないのは偏っていると思う。
あるのなら、あるのに流されないのは、偏っていると思う。
世界で起きているすべてのことが報道されるのは、無理だろうけど
日本が支持した戦争で起きている事、
日本が、第二次世界大戦後初めての派兵をしている戦闘地域で起きている事
私達が汚した手の汚れと、その経過は、優先すべきニュースだと思います。