venerdì, agosto 20, 2004

煮詰まりました

実は基地問題というのは
ずっと、どう考えたらいいのかわからなかったんですけど。
だって、米軍の基地が近くにある生活なんて、
基地のある地域の人達に押し付けるべきじゃないと思っていたら
以前、同級生だった沖縄出身の子からも直に聞いたことあったし
通販生活とかでも、読んだことがあったし
NEWS23は、つい2ヶ月ほど前にも
沖縄の、基地肯定派の人の意見っていうのを、
紹介していた筈ですが、
今、この基地肯定派の人々はどう考えているのでしょう。
本当は、そういう人はそんなに多くはなかったのですか?
作られた意見だったのですか?
基地がないと生活がなりゆかないのだ、住民でなくてはわからないのだ
きれいごとで、単純に割り切れる問題ではないのだ、という主張は。
最悪の事態が起きてしまったという言葉を聴いていると
頷く一方、?という気持ちも沸いてしまう。
最悪の事態は、1995年に、起きたような気がする。
あの、最悪の事件があってもなお、
基地の存続を主張する人達の存在が住民の中にあったことで
私はわからなくなったんですよ。
そんな危険との共存であるにもかかわらず
それでも、その存在がないと生活ができないという主張があるって。
戦争という問題ではなく、人の生活費の問題であるなら
自分の生活費もおぼつかない私には、どう考えていいのかわかりません。
きちんと、憲法の精神が行き届いていれば、
そんな、基地に依存しないと生活が立ち行かないような
状態に人々を追い詰めない政策がなされていた筈ですが
そういう政策を取らない人々が、選挙のたびに
多くの票を獲得して、
こういう政府を作ってきた事実があるわけで、
それには、その理由があるわけで
どうして、そういう人達が票を確保できてしまう
その空気がどうやって作り上げられるのかとか。
そこを根本的に、見直して変えなくちゃいけないのでは
ないのかなぁと、そうしか考えようがないように思ってきたんですけど。
でも、いくらわからないと言っても
基地のある地域に住まなければならない人々に、
日本中の国民は、責任があるのに
今、なんとかしようっていう空気がこんなに無いままというのは
これでいいのかなぁ、と。

原子力発電所や基地を受け入れたなら
地域にお金が払われる。
そのお金がないと、暮らしが大変だ無理だという
そういう条件の地域なら
そんなリスクを引き受けなくても
交付されるべきお金は堂々と国に請求され
交付されるべきなんじゃないでしょうか?

あああ、わけわかんない。
わけわかんないわかんない。
根本から、憲法をきちんと遵守し真っ向から読み取れば
これに即して考えれば、解決する方法もあると思うのですが。
人権が尊重され
戦争が否定されれば、
教育基本法の遵守も
教育費地方交付金も
基地問題も
原発問題も
年金問題も
生活保護問題も
戦時中の罪に対する償いの仕方も
世界での日本という国の立場の確立も
日本にしかできない国際貢献の方法も
子供の心の荒廃も、
その解決の糸口くらいは見えてくる気がするんですが。

その憲法の方を
アメリカ政府が望むなら
変えてしまおうというんだから、
そういう意見が、多数の人に受け入れられて、
憲法の是非の方を議論しましょうっていうんだから
本当に、どういうことなのか
ぜんぜんわかんない。
つまりどういうことなんでしょう?
日本の多数の人の考え方というのは。



それだけ追従したいくらいアメリカが好きなのかと思えば
ヘリに乗務していたアメリカ兵のことは
なんも気にならないわけだし。