sabato, ottobre 09, 2004

混乱してる頭

そろそろ頭が文章向きじゃなくなってきました。

テレビで、戦争の中で子供を殺したなら
軍隊であっても、国際法廷にかけて裁判するべきという
コメントがあったのですが・・・
大人も、そう、住む所を選べないと思います。
大人も、もとは子供で、生まれた所は選べなかったと思います。
戦争の中に、生まれて、殺されてしまう子供の悲劇には、
子供を目の前で殺される悲しみ、その遺骸をかたづける悲しみ
孫の亡骸を葬る場所を見つけることさえできない悲しみが
あるのだと思います。
たまたま居合わせなかった身内の男性を脅す為の人質として
罪も無いのに拉致のように連行されて、米軍の捕虜収容施設に監禁され
日々、拷問され続けているというイラクの女性達の辛さは
殺される子供よりは、ましですか?
何十年も戦争の苦しみに耐え続け、そして救われる事無く
爆撃でなにかの下敷きになって、ずっと痛いまま痛いのに耐えながら
意識が薄れ行くように亡くなるような高齢者は、どうでもいいですか?

貧困の家庭に生まれる事は選べません。
裕福な人々と道路を隔て隣り合わせて暮らしながら
教育を受ける事もできない環境に生まれ出る事も選べません。
それが為に、戦争の本当を知らず
兵士として戦地に送られ、気が狂った状態になった若者だけが
裁かれるべきなんでしょうか?
どんなに、冷淡で嫌な性格の人間だったとしても
戦争に行かなければ、兵士にならなければ
普通は、殺さないで一生を終える事もできるのです。
犯罪者になるという事を自覚して人を殺したり傷つけたりする事と
戦場で子供を狙い打つ事は、本来同じ事なのですが
同じ事とみない世界が一度裁かれるべきだと思います。
裁きはまず、戦争を始めることを決断し命令した権限を持っていた人物
からはじめるべきなんじゃないでしょうか?
そこから人を撃ち殺せと命令した上官
戦地では、殺すか殺されるかだと、人間を調教する教官
そういった人々の罪を問うたうえで、その次に
そういう経過を経て、それでもやっぱり維持しておいて欲しかった
人間性を見失った兵士も、やはり裁かれるべきかもしれませんが。
これが、”民間事業”だったら、
もう少し理を通し考えられた判決は下されるわけでしょう。
つまり、オウムやアルカイダなら。
”教祖”が一番重罪なんじゃないですか?
アメリカが、何度でも過ちを繰り返すのは、
確かに裁かれる事が無いからかもしれません。
いっそ経済制裁でもしたらどうか、なんて思いますが
その場合、やっぱり被害をこうむるのは、貧しい人々で
でも、それは、大国でない国でも同じなんですけどね。
大国じゃないと誰もそれを考えないんですね。
日本なんか、是非、考えたらいいと思います。アメリカへの経済制裁。
貧困層に影響を与えない経済制裁が、一番できそうなの日本じゃないですか?

話飛躍しちゃったなぁ・・・

郵政民営化は反対です。
昨晩の放送、”国民の”損得が主な論点となっていたことに
違和感を覚えました。国民て誰?
国に属する人々が社会を営み、その社会生活を営んでいく上で
最低限の基本的な機関というのは、やっぱり採算、損得だけで
考えるものでもないと思います。
無くちゃだめなものは、絶対無くならない形で
運営されていないとダメなんじゃないかなと。
公務員としての郵便局の職員の世襲制が、問題視されていましたが
本当にそれは、悪い事ばかりでしょうか?
私の家族親戚には、知る限り郵便局関係の人は居ませんが
想像します。山の中にある、今や高齢者の多くなった村に
郵便局があって、そこの局長さんは3代目。
これ、そんな悪い事でしょうか?
子供の頃、おしめ変えてやったよねというおばあさんが
なにかの詐欺に指図されて大金を引き出しに来た時や、
少し痴呆を起こして、意味の通らない依頼をしてきたとき
子供の頃から、じいさんの代から、そこに居て、郵便局の仕事を
ずーーーっと見続けてきた人の対応は
きっと、このおばあさんにとって悲しいものにはならないと思うのです。
郵便局長という仕事は、たいした権力職じゃないと思います。
総理大臣や国会議員みたいな。
たまには、そういう世襲制公務員が居ても、私は国民の1人として
かまわないような気がします。
天皇さん一家だって、世襲制じゃないですか。
しかも、他の職業を選びたければそれもできるし、
他の親は違う職業だった人が郵便局長になりたかった場合も
それはそれで、なれないわけじゃないと思うのですが。
それに、もっと現実の事実の話、
JR、民営化してどうですか?
日本の電車賃の高さって、世界一に近いんじゃないですか?
私はここ何年も、電車は年に数回3回も乗れば多い方です。
観たい映画も、展覧会も、買い物も通院も、全てぎりぎり必要なもの以外
諦めます。まず交通費が高いから。
更に、さっきの山の中のおばあさんのような人が利用してきた
地方の、”得”にならない採算の取れない線は、次々廃線にされていますよね。
自動車が運転できなければ、文化的生活からどんどん切り離されて
国民としての福祉や経済的な”繁栄”の恩恵と無縁に、
子供も便利な方に出て行ってしまう人が多いのだろうし
本当にそのおばあさん1人の力で
自給自足で生きなければならない人達が増え、誰にみとられる事も無く
布団でならいいけど、どこか穴にでも落ちて、
寒さに震えながらとかで亡くなるのが当たり前で普通なのだったら
経済大国なんて、なんだかわかりません。
何のための、戦後ここまできた発展だかわかりません。
(それ考えたら、若い人が残ることのできる郵便局世襲制だって
ここにも利点あるような気がしますけど。試験に受かるかどうかじゃなく
そこに住む事が合っている人がそこに住み続け郵便の仕事に携わり続けられる事、
必要なんじゃないですか?)

国民の税金や貯金を遊ぶように使うやり方が悪いなら
ほんとに、そのやり方を変えるのが順当だし抜本改革とやらだと思います。
悪い事をしそうな人は、する前に逮捕しちゃえという
(そういう法律共謀罪も審議されていて成立しそうですが)そういう方法は
何かずれています。
民営化すれば、儲けを出す事が目的の
会社を存続させ発展させる事が良い、そういう経営に向かうと思います。
社会の基本となるような機関は、
経営ではなくて、運営であって欲しい。
利用する人達の為の、利用する人達による、そういう営業であってほしいです。
どんなだめな国でも、そのくらいはしないと
今のままだと国という機関は、戦争へ国民を動員したり
一部の人に都合の良い多数の道具としての人間を作成したり
他の、なんとか社会というものを作り出そうと
もがいている国の経済事情にまでつけこんで利用して、
一部の人だけが豊かな暮らしをする為に
そういうためだけに機能する機関になってしまいます。
郵政がきっかけでもこの際かまわないから、
この、”国というのは、税金を国民の意志に背いて
こそこそ変な使い方をする機関”という
ほとんど常識化しちゃったような大問題点をなんとかしなければ
何の事業を民営化しようと何をどうしようと、
どっちにしろ税金はどこからでも無駄遣いされ
運が良くてモラルに欠けた人たちは、豊かに在り続けるんじゃないでしょうか?
天下りが問題なら天下りをやめればいい。
特殊法人のどうのが問題なら、その問題を対処すべき。
それが、なんで、だから民営化する、という事に繋がるのか
やっぱりわかりません。
郵便貯金額が多いのは、それだけ信頼があるからで
そういう信頼できる金融機関がひとつくらいあっても、いいと思うんですけど。
いくら大金だって、それは国のお金でも郵政省職員のお金でも無い、
預金者のお金なわけだし。
それを自分達だけのものみたいに考えて運用して
それで経済おかしくなるから、誰かにあげるって、いい加減にしろよと思う。