martedì, aprile 19, 2005

重要性

Baghdad Burning 更新

Marla RuzickaさんというNGO活動家の人が
Baghdadで、殺害されたそうだ。
(ジャーナリストかと思ったら違った。
記事かいてるから、ジャーナリストとは限らん罠)

自衛隊が駐屯しているから、イラクでの戦争は重要だ、
という事は無いだろうけれど
自衛隊が駐屯しているから、
そして、その戦争を自分達で確かめた根拠も無いにも関わらず
支持し賛同し莫大な金額を貢いでいるから、
イラクでの戦争の情報を知る事は
日本人にとって重要だ、という事はあるだろうと思う。
日本の政府が、そのような方針を取らなければ
現在の結果は違ったものになったかもしれないから。
確かに、世界中で戦闘は続き、飢餓と貧困は
そこに抗う術を何も持たない子供を含むたくさんの弱者を苛んでいる。
弾圧される人々がいて、差別される人々がいて、虐殺が起きている。
私の知っている少々と、知らないでいるのだろうたくさんの地域で。
だけど、それらの事について、ここにいて生活の中で
どのように関われるのかが、わからない。
どこか近い所で
親に毎日暴力を振るわれ、食事を与えられずに亡くなる寸前にある子供が
いるかもしれない。
弱りきって疲れ切っている高齢者が、罵倒したり乱暴に世話をされたりして
いるかもしれない。その加害者も、自己嫌悪に苦しんで
それがまた、一層の虐待を招いているかもしれない。
寒くてひもじくて死にそうなホームレスも、いるかもしれない。
彼等の為に、具体的に何が必要で、どうすればいいのか
この場合、そこから考えないといけない。
自分に備わった条件の中で、何ができるのかわからない。

知らなくてすませて良い事じゃないのだけど
どうすればいいのかわからない事は、
何も、よその家庭に行かなくても
それぞれ自身の家の中にだって山積みです。
うちにも山積みです。
でもさ、うちの問題だからうちで解決したい、
できるかもしれない、という場合もあるじゃない。
うちについては、うちはうちの中で解決したい、と考えているという事が
自分達のことだからわかるけれど
よそについては、まずそこがどうなのか、
困っている人自身がどう思っているのかそこから知らないといけない。
助けを求めているのか、どう助けられるのか。

根拠の無い自信を持った一方的な価値観を押し付けて、
恩を売りたいだけの為に踏み込んできて
物事を更に面倒にした挙句
手に負えないと判断するや、逃げてしまう人間が
どれだけ迷惑かわからない。
更にこんがらがったその問題と
その後も、当事者はずっと付き合わないとならないのです。

そういうもの、全部をいっしょくたにすると
ひとつひとつが薄まってはしまわないか?
押しどころだけは、少なくともわかっている問題まで
押すのが遅れてしまわないか?

イラクの戦争については
うちの問題だと思う。日本にとって、日本の問題だと思う。
日本が、事実上参戦しくさったから。
困っている人々の為に、
例えば、その場所に行き、献身的に救助をできるような条件を備えていない人でも
大金を寄付できるような甲斐性、経済力が無い人でも
困らせた加害者側に属せざるを得ない状況の人間の1人という事になれば、
一応民主主義という事になっているのだから、
この国の1人として、考えなければいけないと思う。
この国が選んだ道のせいで、結果が起きているから。と、わかっているから。
間違った選択を、繰り返さないためには
選択を迫られたときに、何故間違った方向を選んだのか
その結果はどうなのかを、知らなければいけないと思うから。
それに、ひとりひとりが考えて
もし、その流れの方向を変える事ができれば
少なくとも、これからの犠牲者を減らす事ができるかもしれない
と思うから。

商業的に、需要を計算して”これは遠いな”という判断を下し
情報を切り捨てる報道関係者のおかげで
”遠い”所で起きている悲劇について、その詳しい事を
日本人の多くが知らない。
そこに、どう日本は関わっているのか。
日本が方向を変える事で、その国の戦いを終わらせる事のできる可能性はあるか。
イラクの場合のような
自衛隊を撤退させるとか、米軍に対する資金援助をやめるとか
誰か、どんな機関かに、政府の誰かが何かいう事で
争いを沈静化させることができるのか。
それを私達が、どうやって訴えていく事ができるか。
そういう事が
”これは遠い”事柄については、ちいともわからない。
日本に住む、多くの人は、世界の情勢をメディアからだけ得ているので
メディアが伝えなければ、山の間の村に住んでいて
山の向こうに何があるのかもわからない。
その状態は、そのままなので。
世界中に行って、見てこれるなんて、限られた人だけです。
だけど、限られた人だけが考えたり動くのでは
国の方針が変えられたり、
税金の、提供先が変えられたりは・・・できるの?

イラクについては、日本の国がどう関わったか。
まず既成事実を作ってしまうのに好機という理由なのか
戦場にもかかわらず自衛隊を派遣したし、
莫大な資金を、攻撃者側に提供したし
その結果が出てきていて
具体的に国民の意識が問われている。と思う。
問われている以上、答えを出さなければならないから
現実と作り上げられて提供されるものとを見分けなければならないし
その為により多くの情報が必要だ、という事がわかる。
国の政府の方向を変える事ができる一番の権利を有しているのは国民だし
その責任を担っているのも国民だし

一朝一夕で政府を変える事はできないのに
日本の国の政府が、本来やれる事をやりさえすれば
死ななくても良いかもしれない人が
一朝一夕で、死んでいったり核物質に侵されていっている。
それをどうしたらいいのかは、わからない。
日本の政府が、一部の国内だかアメリカのだか、お金持ちの為ではなく
その人達の為に動いてくれるように変える方法は
どうしたら良いかわからないけれど、それでも
考えていれば、それをすぐとは言わずとも、変えられる可能性があって
その先に犠牲になる人を
犠牲にしないですむかもしれないなら、考えないでいることはできない。

アメリカが、世界の警察になれないのと一緒で
日本だって、国として世界の問題を全て解決することなんて
できるはずは・・・できないような気がする。
提言はできるけれど。
でも、イラクについては、現在やっている事を変える事で
問題の解決を、促す事くらいはできるのではないかと思う。

関わった事は、関わる事になった以上
良い方法で関わる必要があると思うので
間違っていたら方向転換をしなければならないし
どうすれば、よく関われるのか、選択する責任があり
その為に情報は、また、他の事とは違った意味で、必要だと思うのですが。
なにしろ、国の方針を選ぶのは、国民という事になっているので。
無条件に戦争加害者に賛同し、自衛隊を派遣する事で
非武装の非政府組織が活動できなくなるような状態にする、
という関わり方は、間違っていたと思う。
非政府組織による、地元の人達と協力しての復興の支援は
関わり方の別の方法として、できうる事を示したという意味もあったと思う。
それ以上に、本当に役に立っていた、のだろう所にまず大きな意味があるし。

一点について、追求する事で
他の問題の糸口も見えてくるかもしれない。
この国が、今後、どのように世界の問題に関わるか
その方法が良いものであれば、他の国の場合に応用される事で
何か、良い結果をもたらせるかもしれない。

って、こういう奴が多いせいで
マールブルグ病ウイルスとか出てきちゃうんだろうか。
結局、いつまでも衛生とかが、整備されることができなくて。

世界中のことを知っていなくちゃいけないんだろうか。
知っていないせいで、世界中の困っている人は困っているんだろうか。
でも、そりゃあ無理だよー。努力はするけど。



私は、せっかく、”恒久の平和を念願し
人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚”して
”平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、
われらの安全と生存を保持しようと決意”し、
この崇高な理想と目的を達成する事を誓ふ”事を、明言し
その証として、また、この理想を実現し、目的を達成する為に
”陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は
これを認めない”と、宣言する事を世界に先駆けて実行した
この国が、これまでの60年間、それによって築いてきた信頼があるのだから
その信頼を更に育てていく為にも、本来であれば
必要が存在するはずの無い防衛費をば削って
その分を、現地で非武装で活動する人たちへの資金として提供したら
良いと思う。
提供する先の組織や個人の国籍を問わず。
したら、それは、その場で本気で救いを求めている人達の為に
一番効率よく使われると思う。
スーダンとかコンゴとか、今、戦争のおかげでぶっこわれてしまったイラクとか
アフガニスタンとかバンダアチェとか、
日本に助けを求めてやってきた難民の人を受け入れるための資金とか。
国がそういう姿勢であるように、注意を払う、というだけなら
日本国中全ての人が、世界中の情報を常に集める、という事よりは
実現可能な気がする。
・・・まず姿勢になっていないのを姿勢にすることさえ
できていないけど。



・・・現実は寒い。
戦地の貴重な情報を、世界に発信していた
有能な人間がまた1人殺されてしまった。
また、戦地の人に何が起こり、何を望んでいるのか
戦地にいない人々に、伝える事のできる人が1人減ってしまった。