mercoledì, agosto 11, 2004

Sacrifice

私は、高遠菜穂子さんではないので、
その気持ちをわかっているような
書き方をするわけにはいかないのですが
高遠さんは、イラクの人々のために、
自分を”犠牲”にしているつもりはないのではないか
と思うのですが、どうなのでしょう?
高遠さんにとっては、戦場で犠牲にされている市民の為に
何もできなくなる事の方が、自分が犠牲にされたように
感じるのではないかと思うのですが、どうなのでしょう?
彼女は、この活動をすることによって、
自分の命を一番よく生きていると感じているのでは
ないかと思います。
もし、彼女が、イラクの人々の為の”犠牲に”なって、
その身を”挺している”のであれば
私は、その活動を支持しません。彼女が大事だからです。
会った事もありませんが
私は、この人が生きていて欲しいと思うし、
もし、活動が苦痛と危険だけのものであるなら
それをいたずらに鼓舞し、苦痛に耐えさせようとは、思いません。

イラクの人々も、大事だし、彼女もまた大事です。

彼女の活動は、イラクの人々を生かす道であると同時に
彼女を生かす道なのだと思うから、この活動によって、
彼女が命を落とすような事がないよう
その危険が少しでも減るよう、
及ばずながらでも何かしたいと私は考えます。
彼女にとって、今生きていることに、
この活動が必要なんだと思うからです。
今の状態でそれをしないでいることは、
生きながら死んでいるようになってしまう。
活動を、止めさせることの方が、彼女の生きている時間を、
何かの犠牲にしてしまうと思います。
彼女は、イラクの人々と、自分の為にその活動とその苦労を、
受け止めているのだと思います。

自衛隊との違いは、そこにあります。
それは大きな大きな違いです。
彼らは、国の建前や都合の為に、国の為に、
暑い中、犠牲にされているように思います。
イラクの人々は彼等の活動、自衛隊がそれをすること、
を必要としていません。
水は必要ですが、体中武装して、迫撃弾に怯えながら、
高額な資金をもって少しの水を、自衛隊というものに
供給してほしいと望んでいるとは思えません。
また、自衛隊の方々も、頭に浮かぶ、
何故こんなことをしているのかという思いを
振り払い、もしくはなだめすかしながら、
その仕事に従事しているのではないか
という気さえします。
彼等が自分で、ひとつひとつを決めて動いているのではない、
彼らは、命令で動いているからです。
その命令は、彼等の思うところと違っても
多分彼らはそれに逆らえないのだろうと思います。
その中で今、暑さや渇きや怖さに耐えているなら、
それは犠牲だと思います。
私は、それを私達の為にやっていると思っているなら
即、やめてほしいと言いたい。
イラクの人々の為にも、即、やめてほしいと言いたい。
今の、日本の戦争肯定の流れを促進するようなものである以上
未来の日本の人々の為にも、即帰ってきて欲しいと言いたい。

戦地に救援活動に行くNGOや、NPOの若者達は、
犠牲じゃありません。たとえ、辛くても、
また命の危険にさらされても、彼等の、
自分自身を生かしたい生かし方が、その救援活動なのです。
だから、その中で少しでも起こりうる危険を緩和する為にも
また、その活動の意味となる、達成点である現地の人々の幸せの為にも
戦争は、人殺しはやめてほしいと、
自分達のやっている事となんら矛盾なく願っているはずです。
武装した兵隊に、それができるでしょうか?

犠牲というのは、壇上に乗せられる羊です。
何かの為の代償です。
広島で、長崎で、南京で、重慶で、
アウシュビッツで、イラクで、ベトナムで、
もしくは、原発のさびた管の下で、同級生の持つ刃のもとで、
世界中の狂気の為に、自分の状況を信じられずに目を見開いて、
救いの無い苦痛の中、救いを求めながら死んでいった人や
今もなお、罪も無いのに苦しみ続ける人のことです。
高遠さんは、下らない”自己責任論”の犠牲にさせられました。
また、自衛隊の派兵や政府の戦争支持表明によって、
民衆の反日的な敵意が高まったことによる
拉致事件の犠牲にさせられました。
確かに、その部分では犠牲になりましたが、
それは、彼女の意図するところではありません。

こういう言い方は、ある方面の人々をも
納得させられる方法なのかもしれません。
でも、それが後々、大きな罠になってしまう恐れもあります。
その論に足をすくわれる可能性があります。
彼女の活動を新たな犠牲への足がかりに加えてはいけないと思います。

高遠さんの発信する声が、伝い伝って、裾野の私にも届きました

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〔8月5日〕
みなさまお元気ですか?
高遠@アンマンです。
(転送転載可)
バクーバ、ファルージャと同じようにラマディも大変なことになっていたようで、イ
ンターネット屋もここのところずっと閉まっていたようです。なので、カスムも音信
不通になっていましたが、やっと連絡がきました。なんとか、来週末にはこっちに来
たいと言ってます。やっと念願のイラク支援ミーティング実現か!?んなに前向きに
なっている彼らだけに、破壊の限りを尽くされた状況で生きているのかと思うと胸が
痛いです。彼らもイラクホープネットに入る予定です。
さっき、ネット屋でイラク人に会いました。難民カードを持っていました。家族はバ
グダッドにいるそうですが、最後に家族に会ったのは1998年だそうです。手紙や
電話でコンタクトは取っているそうですが、外国での仕事がなかなか見つからないま
ま家族を呼び寄せられずにいるらしいです。
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高遠さんの活動は、犠牲じゃない。
私は、そう思います。