martedì, agosto 09, 2005

不寛容

大久保昭男さんという方が書いた
イタリアに関するコラムを読んだ。

ちょっとあたまきた。

ファシズムが台頭したようなイタリアの一つの側面が
言語に現れていると述べている。
だから、英語のyouにあたる、
市民的感覚の二人称の呼びかけが存在しないと、書いてあるように読める。

呼びかけの二人称Lei(Lは大文字です)は、敬称だし
英語の市民的なyouにあたる二人称は、tuだと思う。
英語は現在、敬称も、くだけた呼び方も区別なくyouが使われているけれど
古典の時代には、この他に敬称thouがあったと聞いている。
現在は無くなっただけの話だと思う。

言語っていうのは、そんな一次元的な要因で、形を決めるもんじゃないと思う。
使う人全てが、使いながら少しづつ変化させて育てていくものだと思う。
ひとりひとりそれぞれの気持ちが、表現の仕方が、表現した事が
それぞれに反映してきらきら乱反射をするんだ。

こういう他国の言語を、
知らない人が読んだら誤解するような表現の仕方で
言語そのものを、蔑視するような文章は
石原慎太郎さんのフランス語批判の感覚と変わらない。
自分の側だけが、自分達の感覚だけが絶対で
他者に対する寛容さが欠けているようにみなされかねない。
”誰かがわんわん泣くような悲しませることでない限り”
(聞いた言い回し。気に入ってる)
公職についていない方が、何を言っても自由ではあるけれど
だから、私がこう書くのも自由だと思うわけだけれど
こんな風に他の国の言語を、偏見的に決め付けたら感覚が疑われると思う。

ところで
憲法の九条、この国の掲げてきた平和主義が
危機に瀕している局面で、
国民の意志が政治に反映される最大の機会が与えられたこの時に
共産党と社民党は、また、票の食い合いをするつもりなのだろうか?
現在の自民党と公明党の連立与党も、民主党も、憲法九条の改変を示唆している。
このまま、対抗する立場で選挙に臨むなら
それぞれの本心は知らないが、結果だけを見れば
憲法改変を目指す政治、勢力に対する反対の意志を持って
投じられる良心からの、平和を望む票を吸引し裂いて捨てる為の機械、
そういう形で、戦争をできるようになる為の勢力に加担していると
思われてもしかたないと思う。

こんな時に、枝葉の細かい所の違いを
お互いに許容できず、協力できないのであれば、
全体主義といわれて仕方ないと思う。
これだけ、掲げている党の方針が似ているのに
お互いの細かい違いを認められないという事は
党の内部でも、党と違う考えの意見は認められることがなく、
やっぱり”怖さ”や”強さ”でつぶされているんじゃないかと
思えてしまうし、そういう階級権力の圧力で物事を進めるなら、
そんな政党が権力を強めたら
その後、普通の人たちに対しても、そういうやり方がされるのではないかと
怖いと思われて仕方ないと思う。
これだけ、重要法案が多数決の強行採決で決議される事が続いてきたのを
目の当たりにすれば、
政党として、政治家として、それで寄付金やカンパを集め
政治を職業として、それで生活している以上
政党の面子やら、意地は、ともかく置いておいて
戦争にできるような国にしないために、
弱者が”痛み”を押し付けられる国にならない為に
そういう投票する人達の気持ちを代弁して、影響を決議に与えるだけの
国会における、議席の数って言うのを
ちょっと考えて欲しいと思う。
有権者が、こういういわゆる”革新野党”たらに
せめてもの希を賭けて投票するのは
落選したが、前回より得票数は一票伸びた、
などというごたくを聞く為ではないと思う。
いや、そういう人もかなり居るのかもしれないが、まるで生き神様の信者みたいな、
でも、それが全部じゃないと思う。

謳っている事、普段国会で質疑している発言が本気で本当なら
一人一人個人の権利を尊重する、自由を尊重する方針を持つのであれば
大まとめであるところの政党という境界を越えて
個人各々の候補者が当選するように協力するべきなんじゃないか?
つまり、さぁ、定数が1のところに
社民党と共産党と出馬して
結局、どっちも入らなかった、っていうのは、もうやめたらいいと思うんだよ。
いつも選挙速報を見てると、ものすごく頭にくるので。
この人達が、落選して、負け惜しみみたいな事を言おうと、泣こうと、知ったこっちゃないが
国会における、平和主義的な意見を持つ議席が少なくなって
物騒な法案が次々決議されて
憲法が変えられたり、戦争にへろへろ加担して
そのせいで、イラクの人達が悲しむ事になったり
個人の権利がないがしろにされて、何も悪い事をしていない人が逮捕されるようになったら
嫌なんだよ。
難民の人達の待遇がいつまでも改善されなかったり
高齢者や、
健常者と呼ばれる人の平均値で作られた画一的な生活システムの中では障害がある人が
生存権を剥奪されて孤独死したり
米軍が、自国ではできないほど周囲に危険を及ぼすような訓練を好き放題に続けたり
そんな米軍の基地の人に対する思いやりだけはやたら充実していたり
沖縄の海に新しい基地を作って、居座りを延長したり
核兵器の製作に、日本の技術者や技術が利用されるようになったり・・・・・

悪口だの妨害だの中傷だのと言われないように
まだ、選挙対策方針が明確に出されていないうちに
ちょっと書いておこうと思った。

他の部分で、絶対支持できない所がたくさんあったりするけれど、
郵政民営化法案に対しての姿勢という点では
自由意志を持ち、独立独歩の気概を示した人々は
少なくとも、その点では、かなりかっこよかったと
私は思うんだよ。
本来、良心的に誠実な投票をしようという人が候補者を選ぶ基準は、
力に屈することなく信念に従って正論を言える人かどうか、という所にもあると思う。
(造反しだした人達って、そりゃ、基本は利権とかどろどろしたしがらみかもしれないけれど
それで抵抗しているうちに、
「どうせ、圧力をかけるか、甘いもので釣るかすれば、どうとでも動かせる」
という扱いをされた事に、本気でむかつきだしたように、見える。
なんとなく。
だって、いくら地元の票田とかが理由だとしても、
リスクの釣り合いが取れないと思うんだよ。今回の造反。
で、小泉総理大臣さんって、時々ちょっと思うのが
わざとそうなるようにやってるのかな、もしかして、もう、辞めたいんじゃないかな
しょうがなく辞めさせられましたと見える形で、総理大臣を辞めたいんじゃないかな
と思える時がある。
もしくは、こういう判官贔屓票が集められる一派を作って、地区によっては
選挙区と比例区で、議席数を倍にしようという事なのかなぁ
まぁ、所詮単なる無知な私の、妄想だが。(改めて注釈するまでもない)
どうあれ他にどういう意図があるにしたって(アメリカ政府に頼まれただけ、とか)
なってみれば、結果、造反側の建前なら建前の理由どおり、困る人達は困るんだから
民営化法案が否決されて、良かったと思う。
どういう腹があろうと、本当は、全く考えてもらえていないのだとしても
過疎地にも人は住んでいるし、
その頃までイラクが標的とは思いたくないが
更に大きくなる投資を受けてアメリカ政府が攻撃をする場所の人は、困ると思う。
半端な公社として民間運送業を圧迫するというなら、国営にまで戻って欲しい。
国営だったのが悪いのではなく、団体と政治家が癒着するのが悪いんで、
悪く利用するから、そのものを民営にしますっていうのは
本末転倒で、癒着しなきゃいいだけじゃないかと私は思うけど 10日am3:00追加)

どっちにしても
だから、あんまりたかをくくってると
少数野党は、最低限の固定票だって危ないと思う。
というより、既にずっと前から
たかをくくれる根拠は、ほとんど無い気もする。