domenica, maggio 22, 2005

”民族紛争”と言うから、紛らわしい。
”民族いじめ”って呼ぶのは、どうだろう。

東京人でも、大阪人でも、東北人でも、九州人でも
北海道人でも、沖縄人でも
そう呼ばれただけなら、多分それだけの事。
でも、それを理由にいじめられたら、怒る、でしょう。
それを理由に
不当な扱いをされたり、差をつけられて蔑視されたら
何か強い感情に繋がると思う。

そのように考えると
学校でも職場でも地域でも、人の集まる至る所で
あらゆる理由をつけて
いじめが横行してしまうような
村八分の風習が残る社会の中での、
難民の人たちに対する対応が
まるっきり、人権を無視した形になったりする事も

理解してたまるか。