sabato, luglio 02, 2005

尊敬の形

昨晩というか、今朝の、朝まで生テレビ
戦後60年、元兵士の方々の話
貴重な内容だったと思う。

まず、印象に残っているのが、発言者の方の中の1人の
南京大虐殺はあったことだ、私はその場所に居たのだ
と発言した後の、清々しい表情だった。
もしかしたら、戦時中行われた、いろいろな残虐行為が
無かった事にされ、教科書にも掲載されず、子供たちが伝えられずに育つ事は
彼等にとって、苦痛でもあるのかもしれない。
実際目にして、自分が感触として、記憶として覚えている事
殺されていく一人一人の人間が、どのように人生を終えたのかを自分は見届けた人間であり
それを、証言できない、後に伝えられないという事は
辛いのではないだろうか?
この方々を、英雄と誉めそやし、
そんな事が、あなた方にできたはずは無い、事実であるはずは無い
あなた方がそれをできるほど、ひどくはない、と言われることは
逆に、彼等を苦しめても居たのではないだろうか?
手を下した自分であると公然と認めたならば、
その場に居たわけでもなく、その実際に体験する苦しみがわかるわけでもない若い人々に
非人間であると断罪されるかもしれないという思いを抱えて
50年60年の年月を、口を閉ざしたまま過ごす事は
どれほどに苦しかった事だろう。
本当に、彼等を尊敬するならば
彼等が抱えている自責の苦しみを、分け持つ気持ちが必要だったのではなかろうか。

南京大虐殺の資料を見学し、その意見を求められて泣き出した学生の話をし、
何度も、自虐的になってはいけないと繰り返す方の言葉は、
それを知らない次の世代の人間が軽々しく口にするものと異なる重みを持っていた。
きっと、この方々は、自分達がなしてきた事で
自分達の子供や孫の世代の人間が
事実を突きつけられ、責任を追及されている姿を見るに忍びないのだと思った。
辛いのだろうと思った。
けれども、戦後
この方々が、選び取った憲法のもと、守られてきた戦争の無い日々の中で
育つ事のできた、後世の日本人は
先達の犯した過ちを、彼等と共に引き受ける事が、できると、その1人である所の私は思う。
私達は、負の遺産ごと、戦争をしない事を世界で一番最初に決断した国の人間である誇りを
受け継いで、いけると、思う。なんとか。

国の為に死ぬべきと思えと教えられる中で、
他者の命を奪いながら
死んでいく友達を見ながら
それでも、死なずに生き残った方々が
その記憶を捨てることなく、誰に吐露する事もできず
自分の中に閉ざしこんで、抱えこんで、自分達だけが思い浮かぶ記憶に苛まれながら
この国の、経済を支えて、社会の機構を組み立てて
自分達の子供や孫を育ててここまで生き続けてきた。
今、体力も減退し、腕力への自信も揺らいでいるだろう中で
証言する事で、起き得るいろいろな事への不安を越えて
この時期に発言を始めた、このような勇気と度胸を持った人々の
子孫であるのだから、いまいち頼りない私らであっても
背負っているものを受け継ぐ事のできる人間達であると、信じていただきたいと思う。

信じていただけるよう、示さなければいけないのだと思う。